新しいクーペの創造と時代の終焉。日本の名車、マツダ RX-8
マツダ RX-8 タイプRS(2008年型)
マツダという自動車メーカーの歴史において、外すことのできないトピックの一つは「ロータリーエンジン」でしょう。
17世紀ごろから技術の開発が進められて既に歴史が十分に重ねられていたレシプロエンジンとは違い、後にマツダ車にも搭載されるヴァンケル式ロータリーエンジンは、最初の試作機の運転が1957年という歴史の浅いもの。
そんなエンジンを実用化・量産化した上、その性能をもって短期間で一世を風靡したことは、もはや日本自動車史における伝説の一つでしょう。
マツダ RX-8 スピリットR(2012年型)
それまでの常識を打破してパフォーマンスとクリーンさを両立したスカイアクティブ-Dエンジンやスカイアクティブ-Xエンジンなど、現在でも内燃機関の未知の可能性をどんどんと拓いていくマツダの基礎は、ロータリーエンジン車を世界屈指のバリエーション・生産規模で販売していたことにも由来するのかもしれません。
残念ながらロータリーエンジンを搭載した市販車は、2012年にマツダ RX-8が生産終了となってから登場しておらず、ロータリーエンジンの歴史は途絶えてしまっています。
しかし、その魅力の虜となってしまう人は後を立たず、ロータリーエンジン搭載車の価値は上がっていくばかり。その中でもRX-8は、特別な魅力を備えている車だったのです。
■ロータリーエンジンとは
マツダ RX-8 スピリットR(2012年型) エンジンルーム
ロータリーエンジン以外の一般的なガソリンエンジンやディーゼルエンジンは、レシプロエンジンとも呼ばれ、「reciprocating 」=「往復運動する」ことが特徴となっています。これ以降、近代で一般的な4ストロークのものに関してご説明します。
名前の通り、レシプロエンジンはピストンの上下方向への往復運動を燃料の燃焼によって発生させ、それをクランクシャフトによって回転方向のエネルギーに変換する仕組みです。
対するロータリーエンジンは、最初からローターが回転運動をする点が大きな違い。やや複雑な動きをするおむすび形のローターは、ハウジングに3点で常に内接しながら回転し、エキセントリックシャフトに回転力を伝えます。
3点で内接しながら、ということは、レシプロエンジンでいう燃焼室を、ローターとハウジングの間に、3つ持つということ。
レシプロエンジンが、ピストンの2往復で吸気・圧縮・爆発・排気の4つの行程を行うのに対し、ロータリーエンジンではローターが1回転する間、その4つの行程をそれぞれ3つのエリアで連続して行えるという違いがあります。
エンジンからの出力軸を1回転させるための燃焼回数は、レシプロエンジン比では2倍となり、これによって排気量が同じならより高い出力を得られる点がロータリーエンジンの特徴です。
マツダ ロータリーエンジン
この高効率性や、回転軸の周辺に燃焼室を持つコンパクトさ、ローター自身がバルブの替わりとなるなどの構成部品点数の少なさは、多数のメーカーがより高出力かつ低コストなエンジンを求めて開発競争を行う自動車に搭載するには非常に魅力的なものだったので、ヴァンケル式の発明後、様々なメーカーがライセンスを取得し、量販に向けた開発競争を繰り広げました。
しかし、ロータリーエンジンは、回転するローターによってハウジングに傷をつけてしまう現象など、レシプロエンジンで培った既存のノウハウでは解決できない問題点も多数抱えていたため、開発は難航。
ヴァンケル式の発明者、ヴァンケル博士とタッグを組んだNSUは、ロータリーエンジン搭載車として世界初の「ヴァンケルスパイダー」を1964年に、続くセダン型の「Ro80」を1967年に発売しましたが、そのような信頼性問題を押し切って発売を急いだこともあり、問題が多発したとか。
NSUからライセンス供与を受けたマツダでは、それら問題点の解決に奔走。技術的には1963年にロータリーエンジンの試作機を公表するなど完成していましたが煮詰めに時間をかけ、NSU ヴァンケルスパイダーに遅れること3年、1967年に2ドアクーペのコスモスポーツが、世界初となる2ローター式ロータリーエンジン搭載市販車として発売されました。
コスモスポーツ以降も、スポーツカーだけでなくファミリーカー、なんとバスにまで搭載車種を広げるなど、モーターのような滑らかな回転とハイパワーを兼ね備えたロータリーエンジンを積極展開したマツダは、「本家」であるNSUを超え、世界トップクラスのロータリーエンジンメーカーへと成長したのです。
マツダ RX-8の魅力を5つにまとめてみた
さて、そんな魅力たっぷりながら波乱万丈の開発ストーリーの果てに開発されたロータリーエンジンを、現時点で最後に搭載した車が、マツダ RX-8です。
晩年には2ドアスポーツクーペにターボ付きで搭載されていたロータリーエンジンながら、RX-8は自然吸気エンジンで4ドアクーペと、時代の要請に合わせた進化を遂げるなど独自の魅力がいっぱい。
魅力を詳しくご紹介していきます。
■RX-8の魅力1. フリースタイルドアによる実用性
マツダ RX-8(2003年型)
RX-8の特徴の一つは、高出力のエンジンを搭載するスポーツクーペでありながら、変則的とはいえ4ドアであったことでしょう。
後部ドアにピラー機能を内蔵した「フリースタイルドア」は、センターピラーレスの広大な開口部が特徴的。
2ドア車では後席に乗り込むにはドア開口部が狭かったり、開口部が大きいものではドア自体が大きくなりすぎて扱いにくくなる場合もありますが、小型のリアドアを観音開きするフリースタイルドアでは、扱いやすさとスポーティなフォルムが高度に両立されていました。
■RX-8の魅力2. フル4シーターに荷室も広々?!
マツダ RX-8 タイプRS(2008年型) インテリア
基本的にスポーツクーペの後席は、設けられている場合であっても荷物置き場としてしか使えないような狭小なものが多数。
RX-8の後席は、シートの大きさもしっかりしており、入り込んでしまえば快適な後席空間が確保されていました。
それだけでなく、スポーティな外観ながらトランク容量も290Lと十分に確保。フリースタイルドアの利便性も合わせ、「4人乗りのファミリーカー」としても十分に使える実用性がありました。
■RX-8の魅力3. 伸びやかで引き締まったエクステリア
マツダ RX-8(2003年型)
現在のマツダラインナップの「魂動」デザインとは異なりますが、RX-8のデザインもマツダの一時代を率いたアイコニックなものでした。
ロータリーエンジン搭載車ならではの低く抑えられたボンネットは長く、伸びやかなキャビンとコンパクトなトランクも合わさって、4人乗りながらスポーツカーらしい凝縮感も感じられます。
大いに強調された前後フェンダーの存在感も新鮮な印象でした。
■RX-8の魅力4. スポーティで先進性もあったインテリア
マツダ RX-8 スポーツプレステージリミテッド(2004年型) ダッシュボード
ボタンの多さはやや年代を感じさせますが、スポーツカーの文法を外さないインテリアデザインはスポーティそのもの。
中央にタコメーターを配した見やすいメーター類や、ショートストロークのシフトノブなどが、いかにもスポーツカーに乗っているという印象を、座るだけでも乗員に与えます。
マツダ RX-8(2003年型) インテリア
20年近く前の車なのに、現代的な部分としては、前期型ではダッシュボードの高い位置に設置されたカーナビ画面と、シフトノブ手前に設置されたカーナビのリモコンでしょう。
まるで現代のマツダ車に搭載されるマツダコネクトを思わせるそのセットアップは、前方の道路から目線を大きく外すことなく操作が可能で、非常に先進的でした。
■RX-8の魅力5. もちろん、走行性能!
マツダ RX-8(海外仕様 2003年型)
何よりも、スポーツカーらしい運転の楽しさを与えてくれる走行性能がRX-8の魅力でした。
4人乗りの居住性を確保するロングホイールベースながら回頭性がよく、俊敏なコーナリングが可能で、高回転まで回し切れるロータリーエンジンならではの気持ちの良い加速と相まって、市街地からサーキットまで、広いシーンで活躍することができました。
ターボを装着しなかったことでより優れた燃費性能も実現し、航続距離も確保。4人と荷物を満載して、ロングドライブで旅行に出かける、そんなGT的使い方もできた点が、RX-8の美点でした。
マツダ RX-8のスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 4,470mm×1,770mm×1,340mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,700mm | |
最大乗車定員 | 4名 | |
車両重量 | 1,350kg | |
燃費 | 10・15モード:9.4km/L | |
エンジン種類 | 直列2ローター 1,308cc | |
エンジン最高出力 | 173kW(235PS)/8,200rpm | |
エンジン最大トルク | 216N・m(22.0kgf・m)/5,500rpm | |
駆動方式 | 後輪駆動(FR) | |
トランスミッション | 6速MT | |
新車価格 | 2,954,546円(消費税抜き) |
なぜRX-8、ロータリーエンジンは消えてしまったのか?
マツダ RX-8 スピリットR エンジンルーム
RX-8の終焉は、世のロータリーエンジンファンを大いに悲しませましたが、誰しも予想はついていたことでした。
あまり企業規模の大きくないマツダにとって、他の車種と共有できないロータリーエンジンやFRプラットフォームを量販の見込めないスポーツカーのために維持していくのはかなり厳しい要求でしょうし、2010年代の車は低燃費・電動化・スペース重視が流行のポイント。
RX-8に搭載された新開発の「レネシス」ロータリーエンジンで改善されたとはいえ、ライバルよりも劣る環境性能や燃費性能は、それを克服するだけの旨味がロータリーエンジンには既になかったと言えるでしょう。
マツダ RX-8 水素RE(2005年型)
今でこそ燃料電池車が市販され、水素ステーションもチラホラ設置が始まっていますが、まだまだ整備の進んでいなかった2000〜2010年代において水素を燃料とするロータリーエンジンを搭載したRX-8を開発・リース販売するなど、それ以前から長年温めてきた水素燃料にも解決の糸口を求めたマツダ。
しかし、水素燃料のロータリーエンジンは低出力・低走行レンジというネックがあった上、ロータリーエンジン自体の高コスト・高メンテナンス頻度という根本的な課題の解決には至りませんでした。
ロマンがあるとはいえロータリーエンジンを廃止し、レシプロエンジンに磨きをかける方針を選んだことは、企業判断としては当然でしょう。
【水面下で動きあり】RX-8の後継車は出ないの?
マツダ RX-VISION(東京モーターショー2015 出展車両)
近年、デザイン改革が進むマツダ車は、ロードスター以外の車種は基本的にFF仕様ベースですが、まるでFRを思わせるようなボンネットの長さが特徴的ですね。
さらに、ラインナップ全体の高級化も大いに進められており、2ドアFR上級クーペの復活も常々噂がされていること。
2015年の東京モーターショーでは新開発となるロータリーエンジン「スカイアクティブ-R」を搭載するとされる高級クーペのデザインスタディ「RX-VISION」が発表されるなど、RXの名を継ぐ車を作りたい意思がマツダの発表から透けて見えます。
現在では直列6気筒エンジンとFRプラットフォームの開発が同時に噂されるなど、実際に市販化される際にはロータリーエンジン搭載とはいかないかもしれませんが、RX-VISIONの市販版に期待がかかります。
マツダ MX-30(欧州仕様)
また、もっと現実的な例としては、ロータリーエンジンの小型高出力・低振動性を活かし、EV車に発電専用エンジン=レンジエクステンダーとしての搭載が模索されているとのこと。
今や資本関係にあるトヨタが開発しているEVに、レンジエクステンダー担当としてマツダも開発に参画するなど、近い将来に実現されそうな現実味があります。
RX-8の象徴的なフリースタイルドアに関しては、近頃国内のマツダ販売店で実車展示が始まっている電動/マイルドハイブリッドSUV「MX-30」に受け継がれたことで、センターピラーレスの広い開口部がマツダに復活します。
流行のSUVルックながらまるでクーペのようなルーフラインをもつMX-30は、フリースタイルドアの採用からも明らかな通り前席重視・スタイリング重視の特別な車。
あまり量販が見込めるコンセプトではなさそうですが、早く街中で姿を見たいものです。
マツダ RX-8の中古車相場まとめ。早くしないと売り切れ?!
マツダ RX-8 SP(タルガ・タスマニア2010 参戦車両)
ロータリーエンジンを搭載した史上最後の車となるかもしれない、その稀少性を思えば、RX-8の中古車市場での在庫数の少なさは当然とも思えるもの。2020年10月現在、335台の在庫しか確認できず、中古車平均価格は65.8万円と、年式の古さや車の性格を考えればかなり値段を維持している印象です。
ロータリーエンジン搭載車としては、FD型RX-7の134台、FC型RX-7の45台に比べて在庫が豊富ではありますが、そろそろ程度の良し悪しが選べなくなってきているRX-8。
現に、走行距離の少ない高年式車両では300万円以上の値段が付けられているものもあるなど、これからも、価値が上がることはあっても下がることはなさそうな印象があります。
まとめ
マツダ RX-8 タイプRS(2008年型)
マツダ渾身のコンセプトチェンジを持ってしても、ロータリーエンジンを存続させるには至らなかったRX-8。
新車価格では200〜300万円台と、軽自動車でも200万円を軽々超えてしまうこともある現代ではかなりバーゲンに思える価格が設定されていたのですが、クーペ市場の縮小は留まるところを知りません。
または、同じスポーツクーペのトヨタ 86が比較的成功したことからわかるように、RX-8の目指した方向性は、市場の向かった方向性とはやや異なっていたのかもしれません。
いずれにせよ、RX-8がマツダ渾身の名車であることには変わりはありません。最安では10万円台から探せるRX-8の中古車で、日本車の歴史の大いなる1ページを体験してみては。