燃料電池車(FCV)の仕組み
ホンダ・クラリティ・フューエルセル
水素を燃焼させると一気に酸素と化合して水が生成しますが、この時に光や熱エネルギーが発生します。燃料電池(Fuel Cell)は触媒を用いて水素と酸素をゆっくりと化合させることで、電気エネルギーを取り出すことができます。
燃料電池車(FCV)は燃料電池によって水素から電気を作り、得られた電気を使ってモーターを回転させて走行する仕組みです。
FCVはガソリン・軽油・LPGなどを燃焼させて走行する内燃機関とは大きく異なり、化学電池が作り出す電気で走る“電気自動車”の一種です。FCVは“燃料”として水素を補給し、空気中の酸素を使って発電します。
■燃料電池車(FCV)の開発の歴史
燃料電池(FC)の技術自体は1960年代に確立しており、アポロ宇宙船などに使用されています。オイルショック後の1980年頃には、既に燃料電池で自動車を走らせるという考えがありました。
取り扱いが難しい水素を使用する上に、電池には多くのプラチナ触媒を使用するので非常に高価であるという問題がありました。
1990年代にはFCVの試作車が制作されましたが、電池が高価で航続距離が短いなどの問題により市販車は存在しませんでした。これらの問題がクリアできたのは、21世紀に入ってからです。
2014年12月15日にトヨタ自動車が量販タイプのFCV「MIRAI」を発表し、国内でも本格的に燃料電池車が市販されることになりました。トヨタに続いて本田技研工業も2016年に市販車の燃料電池車の乗用車クラリティ FUEL CELLを発表し、量産タイプのFCVの製造・販売が本格的にスタートしました。
■燃料電池車(FCV)のメリット
燃料電池車は従来のガソリン車やハイブリッド車とは異なる特徴があります。一番のメリットは、有害な排気ガスが発生しないことです。
石油を燃焼させると、炭酸ガスのほかに煤や発癌性のある有機物・窒素酸化物・硫黄酸化物などを含む排気ガスが発生します。これに対して水素が酸素と化合しても無害な水が排出されるだけで、大気を汚染しません。
環境に優しいことに加えて、水素は安価で入手ができるというメリットもあります。水素は石油精製やその他の化学工業の過程で副生成物として発生することが多く、安価で入手が可能です。
従来は捨てていた水素を有効に活用することで化石燃料の消費量を減らし、炭酸ガス(CO2)やその他の有害物質の排出量を削減することができます。燃料電池車は電気を作ることができるので、停電時に非常用電源として活用する方法もあります。
■なぜ、燃料電池車(FCV)は普及しないの?
燃料電池車は多くのメリットがありますが、一派的な普及はあまり進んでいません。普及が進んでいない原因としてあげられるのは、燃料を補給するための水素ステーションの設置に多額の費用がかかること・水素を製造する際にCO2を発生させる、という問題があるからです。
燃料電池車を走らせる場合はガソリンや軽油の代わりに、水素ステーションで液体水素を補給しなければなりません。水素自体は無害ですが、空気中に漏れて火花などが発生すると爆発する危険性があります。
これに加えて液体水素は-252.6℃の極低温状態に保たなければならないため、特別な設備や装置が必要です。水素ステーションは数が少ないことから、ステーションの設置が今後の課題となります。
FCV自体は走行時にCO2を排出しませんが、燃料の水素を製造する過程で多くのCO2が発生するという問題もあります。水素は天然ガスや石油などから取り出しますが、この時にCO2が排出されます。このため、FCVが走行するために排出するトータルのCO2は、ハイブリッド車よりも少し少ない程度です。
燃料電池車(FCV)の紹介
2020年5月時点で市販されている国産燃料電池車は、トヨタMIRAIとホンダクラリティFUEL CELLの2種類です。いずれもセダンタイプの乗用車で、内装は一般的な4ドアセダンと同じです。
これらはいずれも3ナンバーサイズで、車両重量は約1.9tです。海外では、2013年にヒュンダイix35 fuel cellが市販されています。
量産タイプのFCVは日本と韓国の自動車メーカーが先行していますが、欧米の他の自動車メーカーも開発を進めています。
■1. トヨタ MIRAI
トヨタ MIRAI
トヨタ・MIRAIは4ドアセダンタイプの乗用車(乗車定員4名)で、タンク内容量122.4Lの高圧水素タンクを備えます。走行用モーターの最高出力は154馬力で、最大トルクは335Nmです。トルクが大きいことから加速が力強いという特徴があり、1回の充填で最長650kmまで走行が可能です。
MIRAIの車両本体価格は673万6千円(消費税抜き)と非常に高価ですが、税金の優遇措置や国の補助金制度を活用することで約200万円安い469万円(消費税抜き)ほどで購入ができます。
MIRAIの走行性能や使い方は普通のガソリン車と同じですが、車内にはAC100V(1500W)の電源コンセントが2つ設置されているという特徴があります。走行中でも電源コンセントが使用できますし、停車時に大容量の電力を供給することも可能です。
■2. ホンダ クラリティ FUEL CELL
ホンダ クラリティ・フューエルセル
ホンダクラリティFUEL CELLは、リース契約を結ぶことで個人・法人で使用ができる燃料電池車です。
1回の充填で最高750kmまで航続が可能で、乗車定員は5名です。ホンダクラリティFUEL CELLは燃料電池ユニットがボンネット内に配置されていることから、室内が広いという特徴があります。
トヨタMIRAIと同じようにAC100V電源の供給機能を備えていますが、トランク内に収納が可能な外部給電器を使用することで単相三線式200V(最大6.0kVA)と100Vを合わせての供給も可能です。
外部給電器に接続することで一般家庭であれば1週間分の電力が供給できますし、避難所などのような規模の大きな施設でも電力を供給することができます。外部給電器があれば、非常時に医療器具に電力を供給することも可能です。
ホンダクラリティFUEL CELLの車両価格は712万4000円(消費税抜き)で、別売りの外部給電器は109万2500円(消費税抜き)です。
燃料電池車の今後の展望
燃料電池は従来のガソリンやディーゼルエンジンと比較するとクリーンで、エネルギー効率が非常に高いというメリットがあります。燃料電池車の普及が進めば化石燃料の使用量を減らすことが可能ですし、都市部の大気汚染対策にも有効です。
ただし現状では燃料電池車は値段が高いうえに水素ステーションが限られていることから、一般向けの普及はあまり進んでいません。
それでもクリーンかつ省エネの燃料電池車には多くのメリットがあるので、政府が普及を後押ししています。
2019年9月に開かれた水素閣僚会議で議長を務めた菅原経産相が今後10年間で燃料電池システムを全世界で1000万台を普及させるという目標を掲げていることを発表しており、会議に参加した世界各国の代表者も同意しました。
現時点で燃料電池車は全世界で数万台程度しか普及していませんが、コストダウンのための技術開発や生産台数が増えることで量産効果で値段が下がる可能性があります。
現在のところ燃料電池は一部の分野でしか実用化されていませんが、今後は大型自動車・船舶・鉄道などにも使用される可能性があります。
低コスト化や水素を安全に供給・貯蔵するための技術開発が進めば、近い将来にクリーンな燃料電池が多くの分野で普及するかもしれません。
まとめ
水素燃料の充填口(トヨタ MIRAI)
燃料電池車は大気を汚染しないことに加えて、災害発生時などに電力を供給できるというメリットがあります。
現在はあまり普及が進んでいませんが、将来は一般家庭でも燃料電池車が普通に使用されるようになるかもしれません。