アトキンソンサイク他エンジンの種類
■レシプロエンジン
アトキンソンサイクルについて説明する前に、まずエンジンの基本的な動作原理をおさらいしておきましょう。現在、多くの車に搭載されているレシプロエンジンについての説明をします。このエンジンはシリンダと呼ばれる筒の中でガソリンを燃焼させています。そしてその膨張圧力を上手く使い、ピストンを押し下げようとするエネルギーをクランクを通して回転運動に変化させ、タイヤを駆動させているのです。
■オットーサイクルとは
そして、オットーサイクルについても簡単にご説明します。
4サイクルエンジンと呼ばれるエンジン機構の場合、シリンダ内のピストン動作は、「吸気」「圧縮」「膨張」「排気」という4つのプロセスごとに上下運動を繰り返しています。
私たちが普段、自動車の原動機として使っているエンジンは、ほとんどこの原理に従って作られており、圧縮と膨張が同じ比率となっています。
この一連の流れ「吸気」「圧縮」「膨張」「排気」(もっと正確に言えば吸気、断熱圧縮、等容受熱、断熱膨張、等容放熱、排気の6工程ですが)のサイクルをオットーサイクルと呼んでいます。
■アトキンソンサイクルとは結局何なのか
それでは、アトキンソンサイクルとは一体何なのでしょうか。注射器を例にすると分かりやすいでしょう。先端を塞いだ注射器を想像してください。
この注射器のピストンを手で押していくと、だんだん空気が圧縮されていきます。ここで手を離すとどうなるでしょうか。圧縮されていた空気が元に戻ろうとするため、ピストンも元の位置まで戻っていきます。
仮に、圧縮した注射器の中にガソリンを入れて点火したとします。通常、ピストンはその膨張圧の力により、元の位置どころか、ものすごい勢いでどこか遠くに吹き飛ばされてしまうでしょう。オットーサイクルの場合、圧縮と膨張の比率が同じであるため、ピストンを元あったところまでしか戻せません。膨張圧力はピストンを遠くへ吹き飛ばしていくだけの力を残しているのにも関わらずです。オットーサイクルでは、この残されたエネルギーは排気となってしまうのです。
この残された膨張圧力を使いきるためにアトキンソンサイクルが生み出されました。圧縮圧力はそのままに、膨張圧力だけを大きくできるのです。これで膨張圧力を有効活用することができます。画期的なエンジンサイクル理論であるといえるでしょう。
■どの会社が採用している?
オットーサイクルでは、シリンダ内の混合気を圧縮する際、ピストンが下がりきったときに吸気バルブを閉じてしまいます。一方アトキンソンサイクルでは、エンジンに入る混合気の量を小さくするために、「吸気」の段階で早めにバルブを閉じてしまいます。または、圧縮行程でバルブを遅く閉じることで、エンジンに取り入れた混合気を外に出すことも可能です。そして、この2つの、いずれかのバルブタイミングに設定することで、アトキンソンサイクルのような状態を作りだすことができます。
トヨタとホンダは両者とも「バルブを遅く閉じる方法」を採用しています。排気量1500ccのエンジンを用意したとしましょう。その場合、シリンダの容積が1500ccになります。そこに混合気1000ccを投入し、燃やすことによって、膨張圧力を発生させることができます。その膨張圧力を利用して、より多くのエネルギーを回収できるのです。出力では劣りますが、エネルギー効率の面ではオットーサイクルより優れているといえるでしょう。不足しているパワーについては、電気モーターで補います。
アトキンソンサイクルを採用している車種は? どのような車に搭載しているのか
トヨタとホンダでは、主に以下の車種にアトキンソンサイクルエンジンが搭載されています。
■トヨタ編
レクサス RC F
・トヨタ プリウス(4代目)
・トヨタ クラウン ハイブリッド
・レクサス RC F
■ホンダ編
ホンダ アコード ハイブリッド
・ホンダ フィット(3代目)
・ホンダ アコード ハイブリッド
アトキンソンサイクルのメリット、デメリット
ここではアトキンソンサイクルのメリットとデメリットを詳しく見ていきましょう。
■メリット
基本的なことになりますが、アトキンソンサイクルでは、圧縮比よりも膨張比の数値のほうが高くなります。「膨張比優位にしたいなら、オットーサイクルのピストンストロークを長くすれば済むのではないか」と思う方もいるかもしれません。
しかしオットーサイクルでは圧縮比と膨張比は同じ値になります。膨張比を大きく取ると、圧縮比までもが大きくなってしまうのです。圧縮比が大きすぎると、ガソリンがスパークプラグで点火する前に燃焼するノッキングという現象や、デトネーション等の異常な燃焼が発生し、エンジンが壊れてしまいます。
アトキンソンサイクルの機構を取り入れたエンジンでは、複雑なリンク機構を内包するクランクシャフトを使用することで、膨張行程のみピストンが下がるようになっているのです。これにより、膨張比を大きくしつつも、圧縮比をそのまま維持することに成功しています。アトキンソンサイクルを採用したエンジンは、エネルギー効率が非常によく、次の世代に貢献をしていくものになるでしょう。
■デメリット
複雑なクランクを利用したアトキンソンサイクルエンジンですが、どれだけエネルギー効率が向上し、燃費が良くなったとしても、回転変動のある自動車エンジンでは実用化は難しい状態となっています。
クランクシャフトが重すぎるため、アクセルに対して即座に反応するほどのエンジンレスポンスは期待できません。
また、エンジンを高回転まで上げることもできません。さらにその複雑な構造は、耐久性の低下や故障率の高さにつながります。自動車のエンジンとしては力不足といえるでしょう。
ミラーサイクルとの違いは?
アトキンソンサイクルとミラーサイクルは、どちらもバルブタイミング制御による運転方法です。理論としては別物なのですが、昨今では同じように扱われています。アトキンソンサイクルとミラーサイクルは何が違い、何が同じなのか、改めて考えてみましょう。
■理論は同じ? 違いはどこ?
アトキンソンとミラーの理論
世界初のガソリン車ができるちょうど4年前の1882年、イギリス人のジェームス・アトキンソンが、圧縮行程と膨張行程のストローク量が違うエンジンを発明し、特許を取得しました。このアトキンソンが作った可変圧縮膨張比エンジンは、百数十年前の技術では実用化することが難しく、次第に忘れられた存在となっていきました。
そこから時は流れ、1957年。アメリカのラルフ・ミラーが以下のことを提唱し、特許を得ました。「クランクシャフトとコンロッドを複数のリンクと組み合わせるアトキンソンサイクルは、高度に洗練された機械技術を必要とするが、同じ効果を吸排気のタイミング制御で得ることができる」という内容です。
ミラーサイクルとアトキンソンサイクルの違い
ちょうどその当時、ポルシェとフィアットがエンジン回転数と負荷によってバルブタイミングを変える研究をしていました。そして、1980年代には可変バルブタイミング機構が実用化されます。1993年、マツダがこの可変バルブタイミング機構を利用し、ラルフ・ミラーの案を初めて採用します。マツダはミラーに敬意を示す意味で、このシステムを「ミラーサイクル」と名付けました。
ミラーサイクルでは、シリンダ容量はそのままに、吸気する混合気量を減らして膨張圧力を減らすことができます。そうすることで、従来のエンジンストロークを維持しつつも、小さくなった膨張圧力から、効率的にエネルギーを取り出すことが可能となりました。つまりマツダは、従来のものと比べて排気量が小さく、膨張比が大きいエンジンを開発したのです。
一方で当時のトヨタは、自動車用パワーレーンの近未来系をハイブリッドと定めていました。そして、ガソリンエンジンと電動モーターを併用する独自のシステムを開発します。そのエンジンにミラーサイクルを採用したのです。しかし、トヨタはこの機構を「アトキンソンサイクル」と名付けます。おそらく商業的に失敗となった初代ミラーサイクルと同一視されることを避けたのでしょう。
ホンダの場合はどうでしょうか。ホンダは定置用の自動車エンジンとして、「真性アトキンソン機構」のエンジン・EXlinkを21世紀初めから開発していました。2011年には、それをコジェネ用として販売もしています。ところがホンダは、可変バルブタイミングを使用した可変圧縮膨張比エンジンにも、「アトキンソン」の名前を付けています。機械的成立要件が全く異なるものの、効能自体は同じであるからかもしれません。
結局のところ、マツダのミラーサイクルと区別をするため、他メーカーはミラーサイクルをアトキンソンサイクルと称しているのです。少し複雑なのですが、「アトキンソンサイクル理論の“膨張圧力を無駄なく引き出す手段”のひとつがミラーサイクル」という位置づけなので、別段間違いというわけでもありません。
まとめ
圧縮比に対して膨張比を多く取るアトキンソンサイクル理論は、ミラーサイクルという手法を取り入れることによって、自動車用エンジンとして実用化されました。
またVVT-iやi-VTEC等の可変バルブタイミング機構を採用することで、省エネ運転時はミラーサイクル、パワーが欲しいときはオットーサイクルで運転するといった使い分けも可能になっています。アトキンソンサイクルとミラーサイクルは、単なる効率的なエンジンシステムではなく、長年難しいとされてきた可変圧縮比技術の一部となったのです。