理想を追求したスポーツカー、スズキ カプチーノ
スズキ カプチーノ(欧州仕様車)
軽だからって、実用性ばかり追求したくない!スポーツカーが作りたい!と思う自動車エンジニアの方は、もちろん現代でもたくさんいらっしゃるかもしれませんが、そんな声に上層部からGOサインが出るという幸せな時代が、日本のバブル景気の頃にはありました。
1990年代初頭は、ホンダ、スズキ、マツダから、2シーターで後輪駆動の本格派軽スポーツが続々と登場するという、今では信じられないような時代。残念ながら車両の販売時にはもうバブルは終焉を迎えており、どの車も高い車両価格と低い実用性が仇となって販売は苦戦してしまうのですが、その本気度の高さは、現在でも高い人気を誇るほどです。
中でも、軽自動車の常識から外れた理想の数々を実現して登場したのが、「スズキ カプチーノ」でした。最近では実車を見かける機会も減っていますが、その魅力を詳しく探っていきたいと思います。
■実現した理想その1. 本格派スポーツの証、FRレイアウト
スズキ カプチーノ
軽自動車は車両の寸法が定まっている分、乗員空間や荷室空間を最大限活かすために、FFやRRといったエンジンを駆動輪近くに配置する形式を採用することが基本となっていますが、カプチーノは異例ともいえるFR方式を採用。ロングノーズ・ショートデッキのハンサムなスタイルだけでなく、スポーツカーらしいハンドリングと加速時のトラクション確保によって、高い走行性能を有します。
また、エンジンを縦置きしたことによって車両前方に空きスペースができたことを活用し、軽自動車初となる4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションを装備。コストはかさみますが、コーナリング時の接地性が高く、より本格派の乗り心地を実現していました。
■実現した理想その2. オープンカーの爽快感とクーペの堅牢性の両立
スズキ カプチーノ カタログ(1991年)
カプチーノの特徴のひとつが、オープンカーでありながら、屋根を閉じた際はクーペのような高剛性とセキュリティ性の高さを両立していた点。「4WAYルーフ」と名付けられたルーフ機構は、4種類の楽しみ方を1台の車で実現するという、当時量産車世界初の画期的な構造でした。
通常状態ではクーペのような流麗なルーフラインと高剛性を実現。左右と中央部分で分かれた3分割ルーフを、左右だけ外してTバールーフ、3つ全て外してタルガトップとすることも可能で、回転しながら収納されるリアピラーとリアガラスウィンドウをたためばフルオープンに変身と、状況に応じた楽しみ方が選べた点が画期的でした。
取り外したルーフはトランクに重ねて収納でき、部品点数が多くなるためやや収納場所を取るのは難点でしたが、慣れればルーフの軽量さも相まってテキパキと開閉が可能でした。
■実現した理想その3. 軽量ボディでライバルを突き放す運動性能
スズキ カプチーノ カタログ(1991年)
後輪駆動方式のためのプロペラシャフトや複雑かつ重量の嵩む4WAYルーフを含めても、前期型で700kg、エンジンが軽量になるなどした後期型では690kgと、最高出力に自主規制が設けられている軽自動車では非常に効果的な軽量ボディを維持。
それでいて、車両中央のセンタートンネルとドアの下部を通るサイドシルを強化したボディは、オープン時の剛性低下をも見込んだ堅牢なもの。前後に短いドアと高めのサイドシルで乗り降りはしにくくなっていましたが、スポーツカーらしさの演出として一役買ってもいました。
■実現した理想その4. 軽随一の高級感あふれる内装
スズキ カプチーノ カタログ(1991年)
運転席と助手席間の距離も適度に確保された室内は、ブラックで統一された端正な仕上がりで、シュリンクレザーのシートも用意されるなど豪華さも忘れていません。特に水平基調のダッシュボードにはウッド調のデコレーションパネルも装着できたなど、本格派GTカーをサイズだけ縮小したかような、高級感あふれるものでした。
同時代のライバルと比べると室内足元空間の余裕で圧勝していたほか、フルトリムのトランク容量もライバルとは比較にならない大きさで、普段の使い勝手が良かったこともカプチーノの特徴でしょう。
スズキ カプチーノのスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 3,295mm×1,395mm×1,185mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,060mm | |
最大乗車定員 | 2名 | |
車両重量 | 700kg | |
燃費 | 10・15モード:18.0km/L | |
エンジン種類 | 直列3気筒ターボ 657cc | |
エンジン最高出力 | 47kW(64PS)/6,500rpm | |
エンジン最大トルク | 85.3N・m(8.7kg・m)/4,000rpm | |
駆動方式 | 後輪駆動(FR) | |
トランスミッション | 5速MT |
当時競い合った、スズキ カプチーノのライバルたち
スズキ カプチーノ(右)、ホンダ ビート(左)(トヨタ博物館収蔵車両)
バブル景気の後押しで夢の軽スポーツカーを開発できたのはスズキだけではありません。カプチーノと同時期に、ホンダとマツダからも特徴的でアイコニックな軽スポーツカーが登場していました。
カプチーノと競い合ったライバルたちをご紹介します。
■【気楽に楽しめるスポーツ】ホンダ ビート(1991年5月発売)
ホンダ ビート
1991年11月に発売されたカプチーノよりも、半年早く発売されていた軽2シータースポーツが、ホンダ ビートです。カプチーノもビートも2シーターオープンカーで、最高出力64PSのエンジンを後輪駆動していたことまでは共通なのですが、それ以外ではあらゆる点で異なった車でした。
カプチーノとは異なり、ビートはホロによる1ピースの屋根を採用。樹脂製のリアウィンドウを先に収納する手間はありましたが、カプチーノよりも屋根の開閉プロセスはスムーズで、開けた屋根の保管場所も気にしなくてよい点はホロの利点でしょう。
また、カプチーノが、アルトワークスなどでも実績のあった直3ターボエンジンを搭載したのに対し、ビートはノンターボの直3自然吸気エンジン。しかし自然吸気としては現代に至るまで他に例を見ない、軽自動車の自主規制値上限である64PSを発生させるなど、「エンジン屋ホンダ」の面目躍如といった高回転型スポーツエンジンでした。
ホンダ ビート バージョンZ
ビートは運転席後部にエンジンを横置きするミッドシップ車である点も大きな違いで、ミッドシップ方式を採用したオープンカーとして、世界初となるフルモノコックボディ採用車でもありました。
当時の販売戦略としても、車のキャラクターとしても、カプチーノよりも肩の力を抜いた、気負わずに楽しめるオープンスポーツとしてのアピールが先行したビートは、車両価格もやや安価に設定されていました。
ノンターボであることやライバルよりも車重が重めなこともあり、動力性能面では後塵を拝することもしばしばだったようですが、その独特な運転感覚には現代でもファンの多い名車です。
ホンダ ビートのスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 3,295mm×1,395mm×1,175mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,280mm | |
最大乗車定員 | 2名 | |
車両重量 | 760kg | |
燃費 | 10・15モード:17.2km/L | |
エンジン種類 | 直列3気筒 656cc | |
エンジン最高出力 | 47kW(64PS)/8,100rpm | |
エンジン最大トルク | 59.8N・m(6.1kg・m)/7,000rpm | |
駆動方式 | 後輪駆動(MR) | |
トランスミッション | 5速MT |
■【軽唯一のガルウィング】マツダ オートザムAZ-1(1992年10月発売)
マツダ オートザムAZ-1
ビートやカプチーノが発売された翌年に、現在まで軽自動車で唯一となるガルウィングドアをひっさげて華々しく登場したのが、マツダ オートザムAZ-1です。直線基調でウェッジシェイプのスタイルは他の2台とは異なる魅力がありますね。
先行した2台とは異なりクローズドボディのクーペではあるのですが、ガルウィングドアの屋根部はガラスでできており、充分な開放感を有していました。
また、ターボエンジンをミッドシップ搭載するというまるでスーパーカーのようなセットアップで、カミソリのような鋭いハンドリングを実現していました。
マツダ オートザムAZ-1
エンジンはカプチーノ前期型と同一のF6A型を流用していましたが、カプチーノでは縦置きだったのに対してAZ-1は運転席背後に横置きと配置が異なることもあり、細かなチューニング違いがあった様子。
その他にも外装パネルはプラスチック製、シートはリクライニング不可のバケットシートを装備するなど、ガルウィングドアのインパクトに留まらない、本気の硬派スポーツカーとしての仕上がりが特徴的でした。
同じミッドシップレイアウトのビートよりも軽量だったこともあり、その操縦性はシャープを通り越してトリッキーとも評されますが、総生産台数がカプチーノ/ビートがそれぞれ3万台前後だったのに対し、1ケタ少ない5,000台以下とされており、現代では飛び抜けた稀少性を誇る名車です。
マツダ オートザムAZ-1のスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 3,295mm×1,395mm×1,150mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,235mm | |
最大乗車定員 | 2名 | |
車両重量 | 720kg | |
燃費 | 10:15モード:18.4km/L | |
エンジン種類 | 直列3気筒ターボ 657cc | |
エンジン最高出力 | 47kW(64PS)/6,500rpm | |
エンジン最大トルク | 85.3N・m(8.7kg・m)/4,000rpm | |
駆動方式 | 後輪駆動(MR) | |
トランスミッション | 5速MT |
■【敵は身内にも!】スズキ アルトワークスとスズキ キャラ
カプチーノが競い合っていたのは他メーカーの車だけではありません。なんとカプチーノの販売当時は、スズキ内にもライバルが複数存在するというスポーツカーファンにはたまらない時代だったのです。
具体的には、初代ワークスの成功を引き継いで大人気となっていた「アルトワークス」と、先ほどご紹介したマツダ オートザムAZ-1のOEM車「キャラ」が、カプチーノと同時代に発売されていました。この内キャラは、装備内容の細かな差異以外はAZ-1と同じ車のため、アルトワークスについてご紹介します。
スズキ アルト ワークスRS-X(1987年型)
1987年、落ち着いた軽バンの2代目アルトに新設定されたカリカリのスポーツグレード「ワークス」は、アルト譲りの高いユーティリティ性はそのままに64PSを発揮するターボエンジンを搭載し、現在まで続く自主規制値のきっかけとなったほどのハイパフォーマンスでした。
加速時にトラクション性能が弱くなりがちなFFベースであることもあり、そのハイパワーを受け止めるためにフルタイム四輪駆動のグレードも設定。
チューニングを充分に受け止められる耐久性も相まって、軽自動車メーカー同士のパワーウォーズを引き起こしたはしりの一台となりました。
スズキ アルトワークス RS/X(1988年型)
カプチーノと同時代に発売されていたのは、3代目と4代目アルトベースで独立車種として販売された「初代/2代目アルトワークス」でした。先代と同じくFFと4WDから選べるターボエンジンが用意され、エアロパーツで武装したルックスはキュートながらもかなりスポーティ。
オートマチックトランスミッション搭載車や出力を抑えた扱いやすい仕様も用意されるなど、本気度別に幅広くグレード展開がされたこともあり、高い人気を誇りました。
カプチーノと比較すると、アルトワークスは最上級グレードの高出力ターボと4WD仕様であってもかなり廉価に設定されており、しかも4人乗りで荷物もしっかり積めるハッチバックボディながら車重は同等。
もちろんカプチーノのようなスペシャル感や後輪駆動の操縦性はありませんが、軽スポーツとしての完成形とも思えるライバル車を自社内に持っていたのは、カプチーノとしても頭を痛めたことでしょう。
スズキ アルトワークスのスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 3,295mm×1,395mm×1,400mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,335mm | |
最大乗車定員 | 4名 | |
車両重量 | 700kg | |
燃費 | 10・15モード:17.0km/L | |
エンジン種類 | 直列3気筒ターボ 657cc | |
エンジン最高出力 | 47kW(64PS)/6,500rpm | |
エンジン最大トルク | 85.3N・m(8.7kg・m)/4,000rpm | |
駆動方式 | フルタイム四輪駆動(4WD) | |
トランスミッション | 5速MT |
偉大なる軽FRスポーツ、カプチーノ 中古車相場は?
スズキカプチーノEA11R+EA21R メカニズムBOOK カタログ(三樹書房)
ここまでコストをかけた専用設計の軽自動車スポーツがこの先登場してくれるかどうかはわからず、カプチーノは中古車市場でも高い人気を誇ります。
2020年9月現在、その年式とキャラクターを考えると驚くべき103台もの中古車在庫があり、中古車平均価格は税抜きで約708,182円となっています。もちろん、低走行で程度の良い車両では100万円を軽々超える価格が設定されていますが、50万円以下という手を出しやすい価格帯にも在庫が多いのはありがたいですね。
エンジンなどスズキ車で共通している部品も多いとはいえ、最終型でも20年以上前の車ですので、調子は良かったのに突然の故障で大出費、なんてことも大いに有り得る車齢になってきています。中古車選びは慎重に行いたいところですね。
しかし、カプチーノは人気車種のため、弱点や重点メンテナンスポイントも洗い出されており、やや安めの車両を選び、安心して任せられるショップと一緒にコツコツ直していくのも、楽しいエンスーライフと言えるかもしれません。
まとめ
スズキ カプチーノ
寸法の制約を受ける軽自動車では効率に優れたFF方式をとる車が大多数で、スポーツカーらしいハンドリングを楽しめるFR方式を採用しているカプチーノは、それだけでも価値のあるもの。
オープンカーとしての魅力もあり、端正なルックスも備え、ターボエンジンでパワーも十分。スポーツカーとしての魅力が凝縮された一台と言えるでしょう。今後市場が高騰する可能性もなきにしもあらず、手軽に楽しめる今のうちに体験してみては。