スズキ キザシ、いったいどんな車だったのか?
■なぜキザシは作られた? 米国市場での大型乗用車に賭けたスズキ
スズキ キザシ
物作りをする業種ならどの会社でも、今作っているものを作り続ける安定よりも、もっと高性能で高価な「いいもの」を作りたくなるのが人のサガではないでしょうか。
スズキも例外ではなく、1990年代末くらいからは、従来の小型車専門メーカーというレッテルから抜け出したい、大型の車を作りたい意思が透けて見えていました。国内市場だけで見ると、キザシの登場は唐突な変化のようにも感じますが、この流れの後ろには海外市場での成功という野望がありました。
軽が大人気なのは日本だけで、スズキの強みであるインド市場であってももう少し大きなモデルが主力サイズです。また、北米や欧州ではすでにコンパクトカーは投入実績がありますが、より車両価格が高く利幅の大きい大型車をこれらの市場に投入し、一気に上級車のシェアも狙っていこうと、当時のスズキは考えていたのではないでしょうか。
この流れを後押ししたのが、2010年代までGMと結んでいた提携関係です。スズキは、GMグループの車両をバッジエンジニアリングして販売したり、北米向けにグランドエスクードの後継車「XL7」をGMのプラットフォームを利用して開発・販売するなど、自社だけでは難しかった大型車両の開発・販売ノウハウを着々と蓄積。
キザシの開発にも、これらの野望と経験が大いに活かされたものと思われます。
■【キザシの魅力①】全幅1,820mmの国際派ボディ!
スズキ キザシ(米国仕様)
スズキのフラッグシップセダンとして登場したキザシは、それ以降のスズキラインナップが上級化していく「兆し」となるべく、1,800mmオーバーの全幅、4,500mmオーバーの全長を持つ、堂々としたセダンボディで登場しました。
ちなみに、車名の「キザシ」は世界共通で、日本車では珍しく和名だった点も新基軸を感じさせますよね。
ボディの曲線はアスリートの体躯のように引き締まったもので、迫力すら感じられるエクステリア。短めの前後オーバーハングからも、スポーツセダンの雰囲気がムンムンでした。
■【キザシの魅力②】2.4リッターの余裕あるパワー!
スズキ キザシ エンジンルーム
SUVであるエスクードにはもっと大排気量のV6エンジン搭載車もあったのですが、それまでのスズキ製セダンからは桁違いに大きな2.4リッターの直列4気筒エンジン。188PSというハイパワーも、1.5トン程度の車重を活発に動かすには十分以上でした。
5人が乗って、広々としたトランクに荷物を満載しても、フラッグシップらしい余裕を失うことなく優雅に走れたことでしょう。
■【キザシの魅力③】ボンネビルでの最高速度挑戦も!
スズキ キザシ ボンネビル・スピードウィーク(2010年)参戦車
キザシを使った興味深い取り組みとしては、米・ボンネビルソルトフラッツで毎年開催されている最高速度を競うイベント「ボンネビル・スピードウィーク」へ、2010年に参戦したことが挙げられます。
市販仕様のエンジンにターボチャージャーを装着するなどの改造を施して参戦したキザシは328km/hというクラス新記録を打ち立てることに成功。高級セダンの広報活動として販売にどれほど影響したかはわかりませんが、話題になったことは確かでしょう。
スズキ キザシのスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 4,650mm×1,820mm×1,480mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,700mm | |
最大乗車定員 | 5名 | |
車両重量 | 1,490kg | |
燃費 | 10・15モード:12.6km/L | |
エンジン種類 | 直列4気筒 2,393cc | |
エンジン最高出力 | 138kW(188PS)/6,500rpm | |
エンジン最大トルク | 230N・m(23.5kgf・m)/4,000rpm | |
駆動方式 | 前輪駆動(FF) | |
トランスミッション | CVT | |
新車価格 | 2,787,750円(消費税込) |
なんで売れなかったの?スズキ キザシの残念ポイント
スズキ キザシ(欧州仕様)
キザシは、ここまで作り込んだ力作セダンだったのですが、2009年から2015年までの6年間にもわたって生産されていたのに、国内累計販売台数は3,000台あまり。その中でも900台近くが警察にパトカー仕様として納入されたとされています。
つまり一般顧客が買った台数は2,000台程度。いくら近年はセダン不況が叫ばれているとはいえ、キザシよりも大幅に高額なトヨタ クラウンは、2020年上半期だけで約1万台以上を売っています。
自動車業界の難しいところは、良い車を作るだけではお客さんに買ってもらえないこと。キザシにも、メーカーの思惑とユーザーの要求の間でギャップが生まれてしまっていたのです。
詳しく見ていきましょう。
■【キザシの残念ポイント①】スズキのユーザー層とのギャップ
スズキ キザシ スポーツ(北米仕様)
スズキといえば、1950年代に自社製オートバイに続いて軽自動車で四輪車業界に進出したことからも分かる通り、小型車造りに秀でており、現行のラインナップを見ても軽自動車や小型車に特化したものになっています。過去の車も合わせて見ても、2.0リッター以上のエンジンは圧倒的に少数派です。
そんな中キザシは、2.4リッターエンジンやレザーインテリアなど、クラス的には一般的な装備を備え、新車価格はFFで約280万円、4WDでは約300万円で登場しました。
ボディサイズや装備内容はさておき、スズキ車の主な価格帯からはジャンプアップした、冒険的な価格でもありました。
また、キザシ以前のスズキ車のセダンは、国内市場向けではエリオなどの例がありましたが、人気が長続きしていません。
キザシも含めて分かることは、ハッチバックよりもスペースユーティリティで劣るセダンは、少なくとも日本国内では、スズキの顧客層の大多数が求める車型ではなかったのではないかということです。
■【キザシの残念ポイント②】高級感の薄かったデザイン
スズキ キザシ
デザインの評価は人それぞれですので、失敗だったとまでは言えません。しかし、キザシのエクステリアデザインは、張り出した前後フェンダーなどがスポーティではあるものの、高級感に乏しい印象を受けます。
車体全体が丸みを帯びたデザインになっていることや、切り詰めた全長、それに対してやや高めの全高が災いして、実サイズよりも大幅に小さく見えてしまっています。
スポーティさと高級感のバランスとしては、スポーティさが重視された印象。セダンとしては新しい挑戦だったのですが、セダンの顧客の好む方向性とは異なっていたのかもしれません。
スズキ キザシ
また、インテリアデザインも、ダブルステッチ入りのレザーシートや、適度にあしらわれるメッキのアクセントなど、そつのない仕上がりではありますが、どことなくスイフトなど他のスズキ車との関連性を感じさせる事務的なデザインは、同価格帯に期待される高級感には欠けました。
■【キザシの残念ポイント③】特別感の薄かった走行性能
スズキ キザシ APEXコンセプト(2011年NYモーターショー)
国内ではフラッグシップの上級車種として売り出されたキザシですが、2.4リッターエンジンが188PSとパワフルな出力を誇ったものの、基本はFF仕様で、組み合わせられるトランスミッションはCVTと、巷のコンパクトカーとの違いがないという点は気になるところでした。
駆動方式は4WD仕様も用意されていましたが、効率最優先の動作となるCVTからは逃れられませんでした。
CVTはそのスムーズな変速によって、うまく作り込めば高級車にぴったりのトランスミッションとなりそうなのですが、キザシではスポーティな直4エンジンとのマッチングにやや難があり、役不足感も見え隠れしていた様子。
オーナーが自ら運転するであろうこのクラスのセダンとしては、走行性能に華がなかった点も、市場で人気を得られなかった理由の一つでしょう。
■まとめると、いい車だけど特徴が薄かったということ
スズキ キザシ
これらの残念ポイントを隠してあまりある魅力がキザシに備わっていたなら、もう少し販売成績が向上していたかもしれませんが、残念ながらキザシは「あのスズキが大きい車を作ったらしい」以外にこれといって特徴となるような部分がありませんでした。
セダンの市場は特定ブランドへの固定ファンも多く、新参者に厳しい。国内市場では強力なライバルが多すぎて埋もれてしまったことが、販売台数が伸び悩んだ理由のひとつでしょう。
たとえばトヨタでいえば、最終型マークXがキザシと同時期にデビューしています。比べてしまうと、V6エンジン搭載でより高級感のあるデザインのマークXが、どうしても魅力的に感じた方も多かったのでは。
また海外市場では、実力の伴った車なら、たとえ新参ブランドであってもきちんと評価されて購入してもらえることもあるというのは、我らが日本のアキュラやレクサスが米国で証明していることです。しかしキザシには、新たな顧客をスズキディーラーに連れてこれるほど飛び抜けた魅力があるわけでもなく、驚くほどの安値でもなかったということでしょう。
このまま出せば売れた!? 流麗な「キザシ」コンセプトカーたち
スズキ コンセプト・キザシ(2007年フランクフルトモーターショー)
スズキ コンセプト・キザシ(2007年フランクフルトモーターショー)
スズキとしては前例のない上級志向の車であったこともあり、キザシは、実車の投入前に様々なコンセプトカーとしてモーターショーに出展され、市場の反応が探られていました。
始まりは2007年のフランクフルトモーターショーで発表された「コンセプト・キザシ」。市販モデルとは異なり、ハッチバックを持つショートワゴン風のボディでした。
かなりのローアンドワイドボディではありますが、曲面が組み合わされたボリューム感のあるボディは、市販モデルとの共通性も見えるかもしれません。
スズキ コンセプト・キザシ2(2007年東京モーターショー)
スズキ コンセプト・キザシ2(2007年東京モーターショー)
続いて2007年の東京モーターショーで発表されたのが「コンセプト・キザシ2」。現代の流行を先取りしたようなクーペSUV風ルックで登場しました。
細部を見ても、コンセプト・キザシよりも現実味のある仕上がりになっているほか、大径のタイヤと大きめに取られた最低地上高でオフロード感を演出しつつ、天地方向に薄いキャビンはかなりスポーティで、なかなかかっこいいですよね。
現在発売されても違和感のないデザインはしかし、当時としてはやや時代を先取りし過ぎていたかもしれません。
スズキ コンセプト・キザシ3(2008年NYモーターショー)
スズキ コンセプト・キザシ3(2008年NYモーターショー)
そして翌2008年のニューヨーク国際オートショーで発表されたのが、「コンセプト・キザシ3」。ここにきてハッチバックボディではなく、市販モデルとの共通性を強く感じさせるセダンボディに変わったほか、ディテール面も含めて市販モデルを正確に予告していたモデルです。
大きな違いは、パワートレイン。想定されていたエンジンはV6 3.6L、トランスミッションは6速ATと、市販モデルよりもより上級志向なスペックを備えていました。
また市販モデルよりも、より踏ん張りのきいたかなりのワイドボディに見えますね。コンセプトカーだけあって理想を追求したのかもしれませんが、見比べると市販モデルはやや寸詰まりに感じてしまうかもしれません。
スズキ コンセプト・キザシ2
これらのモデル、特にコンセプト・キザシ2などは、今そのまま売り出せばスタイリッシュクーペSUVとして人気を博しそうに思われることでしょう。
ショートワゴンボディの提案を2台続けて行ったことからも、セダンをまず投入してから、市場の反応を見てワゴンを追加投入する計画があったのかもしれませんね。
その場合は、コンセプトカーのようにスポーティな「シューティングブレイク」スタイルのワゴンであったことが想像され、実際に見てみたかったところです。
将来は骨董品かも、キザシの中古車市場は今
スズキ キザシ
キザシの現状は、私服警察官用の覆面パトカーの印象が強くありますよね。実際に街中で、選ばれしオーナーの方が運転されている場面を見ることは、キザシが販売されていた頃にもなかなかありませんでしたが、近年ではほぼ皆無というほど少なくなっています。
そんなキザシですが、ご説明してきた通り、車の仕上がりは意欲的なもの。最近は選べる車種がどんどん減ってきているセダンの変わり種として、中古車で手に入れれば周囲からの尊敬の眼差しを得られるかもしれません。
キザシは新車販売で苦戦したこともあり、中古車市場でもかなりの稀少車。2020年9月現在、中古車の在庫はたったの9台しか確認できません。平均価格は91.6万円となっており、やや年式は古いとはいえ驚くほどのリーズナブルさです。
中古車の中でも注目したいのが、なぜか9台の在庫中の2台に装着されているメーカーオプション「アクティブクルーズコントロール&プリクラッシュセーフティシステム」。これは2010年に追加されたオプションで、実際の装着車両はかなり少ないと思われ、個人的な話で恐縮ですが、すれ違うキザシを毎回目で追う筆者ですら、装着している実車を見かけた記憶がありません。
現在でこそスズキの軽自動車でもどんどん装着が進んでいるレーダークルーズコントロールシステムや予防安全機能ですが、当時はまだまだ高級装備。フラッグシップならではの機能の一つでした。
このオプション装着車はフロントグリルが専用品になるため、どこに乗り付けてもひとつ上のキザシであることが道行く人に伝わります。普段使いにおいても、これら現代的な装備があればより安心して運転ができそうです。
まとめ
スズキ キザシ
キザシの魅力、惜しかったポイント、中古車相場まで詳しく見てきました。車の中身が意欲的なだけに、販売中はスズキとしてもユーザーとしてももどかしい思いがあったことでしょう。
しかし、生産台数が少ないということは、将来的には2010年代随一の稀少車として高いステータス性を持ちそうな予感がします。スズキのファンの方なら、お手頃に体験できる今のうちに、一度は体感しておきたい名車です。