世界最小ガルウィングスポーツカー「AZ-1」を知っていますか?
マツダ オートザムAZ-1
ガルウィング式のドアといえば、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で一躍人気を得たデロリアン DMC-12のものが有名ですね。車通の方なら、メルセデスベンツ 300SLも脳裏に浮かぶかもしれません。
ガルウィングドアとは、普通の自動車のように車体横方向にドアが開くのではなく、屋根にドアヒンジがあり、車体上方にドアを持ち上げて乗り降りする形式のドアのことをいいます。ドアを開けた姿がまるで翼を広げたカモメ(英語でガル)のようであることからこの名前がつけられました。
国産市販車でガルウィング装備の先鞭をつけたのは、トヨタが1990年に発売した普通車サイズのクーペ「セラ」とされていますが、厳密に言えばセラのドアは上方ではなく斜め前方に開くことから、「バタフライドア」にも分類されます。
上方に開くガルウィングドアを、市販軽自動車として装備した最初で最後の車こそ、「マツダ オートザムAZ-1」なのです。世界的に見ても、軽自動車規格という日本独自のサイズ規制に縛られたボディは最小クラス。ガルウィングを装備した市販車としては、筆者調べで世界最小のものです。
バブル期らしい破天荒さ!マツダ AZ-1はなぜ生まれたか
マツダ オートザムAZ-1、ホンダ ビート、スズキ カプチーノ、ダイハツ コペンのカタログ
近年、新車販売市場では軽自動車がランキング上位を占めるなど大活躍していますが、その内訳を見てみると、人気はN-BOXやスペーシア、タントなどのスーパーハイトワゴンが独占しています。これは軽とは思えない室内の広々感がウケているものと思われ、実用性重視の軽自動車選びが市場を席巻しているということになります。
そんな時代において、S660とコペンという、採算が取れていないのではと心配になる新車の軽2シータースポーツを売り続けてくれているホンダとダイハツには頭が下がりますが、日本全体が浮かれていたバブル景気の時代、1980年代後半では、もっと自由に趣味性の高い車が開発できたようです。
ホンダ ビート
バブル初期から続いていた軽自動車のパワーウォーズも追い風となってか、1990年代初頭にホンダ、スズキ、マツダから続け様にスパルタンな軽スポーツカーが登場。ホンダ ビート、スズキ カプチーノ、マツダ オートザムAZ-1は、どれも2シーターと自主規制上限いっぱいの64PSのハイパワーエンジンをひっさげて華々しく登場しました。
ビートはミッドシップ車として世界初のモノコックオープンボディとホンダらしい高回転型のNAエンジン、カプチーノは寸法的制約を克服してFRレイアウトとターボエンジンを組み合わせ、やや後発となったAZ-1は先述のガルウィングドアとカミソリのようなハンドリングを武器とするなど、3台ともがそれぞれ異なる理想を追求した本格派スポーツカーでした。
スズキ カプチーノ(欧州仕様車)
車名のイニシャルにひっかけて「ABCトリオ」と呼ばれるこの3台は、現在でも高い人気を誇りますが、バブル景気のイケイケな雰囲気で企画開発を終え、発売された頃は折り悪くもバブル崩壊の真っ只中。
専用装備も数多いため仕方ないのですが、カプチーノやAZ-1では150万円台という当時としてはかなり高価だったことも影響して販売は大苦戦。3台の中でもAZ-1の終焉は特に早く、発売から3年も経たないうちに消え去るようにラインナップ落ちしてしまいました。約20年後になってS660が販売されたビートは別として、AZ-1とカプチーノは、後継モデルもないままです。
総生産台数は、やや割安だったビートが3万台あまり、販売期間の長かったカプチーノが3万台足らずだったのに対し、AZ-1は、スズキにOEM提供していた「キャラ」と合わせても5千台にも達しなかったとされており、苦戦した3台の中でも群を抜いて不人気、もとい稀少車であることがわかります。
AZ-1の特徴を5個まとめました
■AZ-1の魅力1. 貴重すぎるガルウィングドア!
マツダ オートザムAZ-1
軽トラック以外で2ドア車が激減している現代の軽自動車において、もはや復活することはないであろうガルウィング。AZ-1の特徴としてまず挙がるポイントのひとつでしょう。
上向きに開くドアを採用するのは見た目のインパクト重視もあるかもしれませんが、構造的にも理由のあるもの。車体前後方向の剛性を高めるために、ドアの下に通っている「サイドシル」という部分を太くした場合や、空気抵抗を減らすために車高を低く設定した場合、横開きのドアでは乗り降りがしにくくなります。
後部座席への乗降性を向上させているテスラ モデルXの「ファルコンウィングドア」
その点、ルーフ中央付近にヒンジを設けて、ルーフの一部も兼ねたドアを上方に開けば、屋根部分がなくなるので低い車高や幅広のサイドシルでも乗り降りが楽になります。AZ-1の場合、サイドシルが極太で車高も1.15mしかないので、どちらの課題もいっぺんに解決しているということですね。
またガルウィングドアは横開きドアよりも、ドアを開く際に、車両の横方向に振り出す幅が狭くなる場合も。もちろん車両上方の空きスペースが必須なのですが、意外なメリットですね。
■AZ-1の魅力2. ミッドシップにターボ、スーパーカーですか?
マツダ オートザムAZ-1 マツダスピードパーツ装着車
続いての特徴は、自主規制上限いっぱいのハイパワーターボエンジンを運転席の真後ろに搭載し、後輪を駆動するリヤミッドシップ形式であること。
ミッドシップは、重たいエンジンを車両前側の端っこに搭載するFFやFRよりも、より車体の中央寄りに重量物が集中するため、カーブを曲がる際の車の動きがナチュラルになり、操縦性が向上するという、スーパーカーでもお馴染みの形式です。
マツダ オートザムAZ-1 カタログ
現在でも、形式が似ている軽トラックと製造ラインを共有するなどしてホンダ S660がMR形式の軽自動車として存在していますが、AZ-1のフレームは完全専用設計のもの。フレームのみで強度を持たせ、外装は軽量なプラスチック製という、これもスーパーカーを思わせるような特殊構造が採用されていました。
エンジンはスズキ製の3気筒DOHCターボエンジン「F6A」でしたが、これもアルトワークスやカプチーノなどスズキのスポーツモデルで実績のあった名エンジン。700kg少々という軽量ボディを動かすのには十分すぎるハイパワーでした。
■AZ-1の魅力3. 新機軸だらけでも既存部品流用でなんとか値下げ
マツダ オートザムAZ-1 メーター
車の価格は、その車のために開発された新技術が詰まっているほど高くなるものです。AZ-1のような独自要素だらけの車では、天文学的な価格になってしまいそうですが、なんとかライバルと同等の価格にまで圧縮することに成功していました。
その理由のひとつとして挙げられるのは、先述したパワートレイン等に留まらず、様々な既存車種からうまく部品を流用して作られたこと。
細かな部分ですが、ドアミラーがマツダ オートザムキャロルと共通であったり、エアコン操作パネルは既存の横向き用ユニットの表記を変更して縦向きにしているなど、走行性能に直結しない部分ではうまくコストダウンが図られた印象を受けます。
マツダ オートザムキャロル
それにしても、当時の新車価格で約150万円というのは、ライバルであるカプチーノも同様の価格が設定されていたとはいえ、かなり高価。ドアミラーが共通のオートザムキャロルの最安グレードが当時約60万円だったので、2台買えておつりまで来る程の額でした。
スポーツカーが割高になるのは当たり前ですが、当時ユーノスロードスターが174万円から買えたことを思えば、ほんの少しの差額で1.6リッターエンジンの普通車が手に入ることに。涙ぐましい節約がされているとはいえ、なかなか厳しい価格だったことは否めません。
■AZ-1の難点1. 狭すぎる室内、乗り降りもツラめ
マツダ オートザムAZ-1 インテリア(広島・三次試験場50周年マツダファンミーティング参加車両)
先ほどの価格のご紹介からやや雲行きが怪しくなってきていますが、室内空間が驚くほどの狭さだったことも、AZ-1の難点のひとつでしょう。もとよりミッドシップはスペース効率的には劣る形式なのですが、軽自動車というボディサイズの制約があった結果、かなりタイトな室内空間となっています。
具体的にはフロントタイヤの室内側のでっぱりを避けるために、運転席がペダルごと車両中央側に傾けられていたり、座席のリクライニングができないこと、運転席と助手席の距離がかなり近くセンターコンソールが驚くべき細さになっていることなどが特徴的です。
頭上空間は、背の高い方には厳しい軽自動車もまま見られますが、AZ-1では特に足元空間の狭さが際立ちます。
また、ガルウィングドアとはいえ、幅広で高めのサイドシルを乗り越えての乗り降りはなかなか難しいもの。低いシート高もあり、腰を痛めてしまわないか心配になってきます。
■AZ-1の難点2. 生産台数が少なすぎる!
マツダ オートザムAZ-1(広島・三次試験場50周年マツダファンミーティング参加車両)
AZ-1自体の難点というよりも、時代背景にも非があることですが、AZ-1はあまりに生産台数が少なかったため現代まで生き残っている車両も同様に少なく、今から手に入れることがかなり難しいという状況も、現代的視点では難点のひとつでしょう。
ライバルであるビートやカプチーノは中古車としてはまだ選びやすい在庫数があるほか、ちょっと程度が悪いと「部品取り車」として販売されることもあるほど。対するAZ-1は、中古車在庫は皆無に近く、在庫があってもかなりのプレミア付き価格が設定されることが一般的です。
マツダ オートザムAZ-1のスペック
ボディサイズ(全長×全幅×全高) | 3,295mm×1,395mm×1,150mm | |
---|---|---|
ホイールベース | 2,235mm | |
最大乗車定員 | 2名 | |
車両重量 | 720kg | |
燃費 | 10・15モード:18.4km/L | |
エンジン種類 | 直列3気筒ターボ 657cc | |
エンジン最高出力 | 47kW(64PS)/6,500rpm | |
エンジン最大トルク | 85.3N・m(8.7kg・m)/4,000rpm | |
駆動方式 | 後輪駆動(MR) | |
トランスミッション | 5速MT | |
新車価格 | 1,498,000円(消費税込) |
稀少なAZ-1のさらに上を行く稀少性!限定仕様「M2 1015」
マツダ オートザムAZ-1 M2 1015(お台場旧車天国16 出展車両)
もとより稀少なAZ-1ですが、そのAZ-1に設定された限定車となるともはやコレクターアイテム級。その中でも、ルックスの特徴もあって伝説級なのが、「M2 1015」でしょう。
まるでコードネームのような名前ですが、M2とは、マツダが独自性の高い商品開発をするために立ち上げたグループ会社で、「第2のマツダ」ということでM2という社名が付けられたとか。
東京都に自社ビルを持ち、マツダ車に個性的なカスタマイズを施したコンプリートカーを続々開発したことでも話題になりました。
ロードスターベースのM2 1001から始まって、1,000番台を使用して車名をつけており、市販されなかったものも含めた15台目のプロジェクトが、AZ-1ベースの1015だったということです。
マツダ オートザムAZ-1 M2パーツ装着車(広島・三次試験場50周年マツダファンミーティング参加車両)
専用のフロントバンパーやリアウィングもスポーティなのですが、特徴的なのはフォグランプが内蔵されたエアロボンネット。くりくりとした丸目で愛らしい表情のノーマル仕様と比べ、吊り目に見えるように設定されたヘッドランプ開口部も相まって、ラリーカーを思わせるようなレーシーな表情になっていました。
M2 1015は詳しい販売台数記録が不明で、1994年5月発売と、同年10月のAZ-1生産終了を目前に設定されたこともあり、かなり稀少という記憶しか残っていない模様。孤高のAZ-1の中でも群を抜くコレクターズアイテムと化しているようです。
だんだん欲しくなってきました?AZ-1の中古車相場まとめ
マツダ オートザムAZ-1 カタログ
新車販売当時は在庫をさばくのに苦労するほど見向きもされなかったAZ-1の魅力は、生産が終了し、利便性重視の車があふれる現代になってこそ真の価値が理解されてきているのかもしれません。
しかし残念ながら、販売台数の少なさと、スポーツカーというキャラクターも相まって、程度の良いAZ-1を探すのは非常に困難。2020年9月現在では、在庫車両はなんとたったの3台しかなく、その上中古車平均価格も153.9万円と、現行の軽自動車を新車で買える価格帯にまで高騰しています。
ちなみにAZ-1の新車販売価格は当初149.8万円だったので、既に新車価格を超えた平均価格となっていることがわかります。新車価格と中古車価格で利益の生まれる車はそう多くありません。まさに名車の証ですね。
主要機器類は当時のスズキ・マツダの車からの流用も多く、保守部品はやや安心できそうかといったところですが、ガルウィングドアにプラスチック製のボディパネルと、AZ-1独自の部分も相当に多く、激安車に賭けてしまうと後から泣きを見るといったことにもなりかねません。
稀少車であるかどうかにかかわらず、もうすぐ30歳にもなる「クラシックカー」ですので、慎重に選ばれることをおすすめします。運命の出会いがあるかもしれませんので、定期的に中古車市場をチェックしてみては。
まとめ
マツダ オートザムAZ-1(広島・三次試験場50周年マツダファンミーティング参加車両)
ここまでAZ-1の魅力をお伝えしてきましたが、発売タイミングの悪さがなければもっと人気が出て、日本中で走り回る姿が見られたであろう名車であることは、ご理解いただけたと思います。
こんなに人気が出るなら新車でいっぱい買ってくれればよかったのに!とマツダは思っているかもしれませんが、人というのは手に入れられなくなってから急に気になってくるもの。逆に生産台数が少ないからこそ、現在のカルト的人気があるとも言えるのかもしれません。
現在AZ-1にお乗りの幸運なオーナーの皆様におかれましては、日本屈指の名車の一台として、ガレージにしまいこんでおかずにどんどん街中で見せつけていただけますよう、お願いしたいところです。